1/29/2018

∧°┐ 01 by 斎藤玲児, 0100011110001


去年は国内外問わず、いろんな方から一緒に何かやりたいって連絡をいただけて、決して全部に答えられたわけじゃないんだけど、タイミングさえ合えば何でも受け入れて、その中でどうやりたいことをやるかって考えてた。結果的にいろいろやりすぎちゃって、自分たちが本当にやりたいことがおろそかになったと思うし、売り上げも伸びず、正直、悩むこともぶつかることも多かったんだけど、そういう時はやるべき時じゃなかったのかもしれないし、どうしてもやりたかったらやってただろうし、気にしてもしょうがない。できることはやる。できないことはちゃんと断るだけだ。

催しの雰囲気・内容に合わせて場所や出演者を考えるのは、楽しんだけど楽じゃない。一番大切にしなきゃいけないのは、お客さんに来たいと思ってもらえるようにすることなのに、表に見えない金銭面とか条件で困ってしまったり。で、そうやってお客さんのことを想う気持ちがおろそかになったら、ちゃんとそのまま集客にも表れる。やりたいことができなかったことよりも、心から自分が楽しめなかったこととか、物事の大きさをしっかり判断できなかったって反省のほうが強い。

去年印象的だったイベントの一つ、とある音楽ユニットの来日公演に、普段の大阪のイベントじゃ考えられないくらいたくさんお客さんが入ってた。でも、ほとんどのお客さんがずっとしゃべってて、せっかくの素晴らしい演奏をしっかり聞いている人はほんの一部だった。たくさん人が集まれば、人口と同じくそういうお客さんも増えるんだなって実感した。
そのイベントに来てた友達と、残念だとか俺らだったたこうするとかいろいろ話したんだけど、でも、自分たちの企画だったら大赤字で大失敗だっただろうし、この規模のイベントを大阪で成立させるにはああするべきだったんだと思う。そういう技術と実績を感じた。(企画者の方は、それでもギリギリ赤字かもって言ってた。)
これまでは、もっとたくさんのお客さんに来てもらうには?って悩んでたんだけど、とにかくたくさん来てほしいってことでもなかったみたい。っていうとお客さん選んでるみたいにおもわれるかもしれないけどそうじゃなくて、抽象的な言い方しかできないんだけど、距離感とか大きさとか、想いと結果がぴったり合うようにしたいんだと思った。そうするためにどうすればいいかは、まだぼんやりとしかわからない。でも、それに気づけただけでも良かった。


去年自分が携わっていた催しがすべて終わった11月、今後もっと自分たちのやりたいことをやりやすくするために、イベントができて宿泊もしてもらえる場所があればなと考えていたタイミングに突然、3階建てのビル一棟を使ってなにかしませんか?とのお誘いがあった。
理想よりも大きな場所で、家賃もまあまあする(といっても周りに比べたら相当安い)んだけど、しっかりものごとの本質を見極めて丁寧に運営できれば、無理な条件ではないと思えたし、ちょっと高めのいい目標になると思ったから、半年をいったんの区切りにやってみることにした。

信頼する友人たちに新しい場所を始めることを話したら、ちょうどスタートできそうなタイミングに、その友人たちがそろって大阪に来る予定を立てていて、なにかに導かれているように一回目の展覧会が始まった。展示の内容も会期中の出会いも全部そうだった。目に見えるものだけじゃない、世の中の雰囲気やその向こうにある普遍的なこと、そんな言葉に出来ない感覚を信じればいいだけだ。


初日の2日間で、やるべきことは分かった気がする。服部さんとの作戦会議、やさしさにあふれたaoosyaの演奏、今やりたいことをただやってくださった江崎さん、ライブが嫌いなセオドアの秘密のあれも。全部がつながった。出演者とお客さんとの距離感もちょうどよかったと思うし、ちゃんと来てくれた方にもそんな感覚が伝わったって確信できる出来事もあった。展示中にもそんな出来事が続いたし、まだまだこういう表現を求めてる人がいるって気づけたことが一番の幸せでした。

やるべきことをやるタイミングは、自然に訪れるのかもしれない。これからもちゃんとそれに気づいて、それに見合うことができるかどうか。ちゃんと考えなきゃ間違えるだろうし、不安も大きいけど、このまま進むべき道を進んでいければ結果は出るはず。まずは、やらなきゃいけないと思うことを誠実にやる。あとはもう逆らわずに、なるようになれば幸せだ。