2018年の夏。平成最後の夏。とはいえ、例年と大きな変わりもなく。強いて言えばこの酷暑は今までに記憶になかったなと思う。それぐらいに暑かった。それと北九州で過ごす夏もこれが最後となりそうなので、最近はこの街をじっくり歩くことに努めている。意外と知らない景色があったり、美味しいお店があったり、そんな発見があるので。
あ、そういえば、今年の盆休みの帰省は今までで一番感傷的になったかも。父方の祖母(祖父は若くして亡くなっているので記憶がない)、母方の祖父母、全員が同じ街に住んでいるものだからどちらにも顔をみせる事は容易で、何をするでもないのだが、孫が顔を出すだけで喜ぶのが彼らで、そして私自身が祖父母のことが大好きだからという前置きで、今年は祖母が私を見送る際に涙を流していて、今までそんなこと無かったものだから、胸が苦しくなった。
父方の祖母はまだ元気。82歳ながら現役の理容師で(信じられないけども笑)、週に5人ぐらいのお客さんを取っているらしい。うン十年の付き合いのある常連さんだけを相手に。隣町に住んでいる兄弟の家に足を運んで深夜過ぎまで話し込んだことも嬉しそうに語っていた。良かった。
母方の祖父母のほうが先述の涙に繋がる。祖父はすでに88歳で、今年の頭には膝の手術をした。昨年は満足に歩くことも出来なかったので、そのときの落ち込みよう(「わしはもう長くない」だとか)から比べるとだいぶ前向きになったと思う。大好きな畑仕事にも繰り出すようになってきた。ただ、その祖父を支えるようずっと気が張っていた、10歳ほど年下の祖母が今は交代するように弱っていて、しきりに「顔を見れるだけで元気がでる」といったことを繰り返していた。まるで自分は元気なんだと信じ込ませるように。元々、身体の弱い女性ではあったらしいのだけれども。
祖父も祖母も私と話すとき、終始、涙目だったし、私が就職で地元を離れたときぐらいからそんな雰囲気だったが、今年はそれが顕著で、なんだかこちらまで泣きそうになって。我が子の子。孫。老いゆく身体、なんとなく把握する、自分の人生が閉じる時期。結婚すらしていない自分にとってはあまりにも遠い未来の話。
手術したとはいえ足が悪い祖父はソファに腰掛けたまま、玄関から出る私に向かって何度も手を振っていた。「またきんさいね、いつでもおいでよ」。昔の祖父はもっと寡黙で口下手なひとだったはずなのに、ここ最近の別れ際は非常に声を張っている。そして、見送りに外まで出てきた祖母は車窓から声をかける私に応えるように、両手を顔の横でゆっくりと振って、そのままその手で顔を覆って涙を拭いていた。私の母は「どうしたんよ、お母さん」といつもの調子で明るく声をかけていたが、その母もまた目を赤らめていた。車を走らせだんだんと小さくなっていく祖母の姿はこちらが見えなくなるまで私たちのほうを向いていた。
私は母の運転する車で新山口駅へと向かった。「婆ちゃん、痩せてたね」。母曰く10キロ以上、体重が落ちてしまったらしい。年を重ねるということはこういうことなんだね。そろそろ、そういう時期になってしまったんだよね。
「身体に気をつけさんね、無理せんことね」。
母の言葉を背に私はこの街を発った。
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夏の曲。短い秋を楽しむ前に。