8/08/2016

'Only' by Klein [Howling Owl]

'Only' by Klein

 昨年、伝統としてヒップホップの街ではないボルチモアから多様性に富んだ新世代のラップが頭角を現しているということでNOISEYにてシーンの特集が組まれたが、そこに並んでいたフィメールMC・Grey Dolfの異様な浮きっぷりがたまらないものがあった。Grey Dolfはスカスカで退廃的な雰囲気を纏う超ローファイのトラップ・ビートで気だるくラップし、時折ゴスペルやソウルからの影響を伺わせる。Chief Keefの大ファンだという彼女が彼のようなオラついた派手さは選択せず、路上の埃を被ったカセットテープを再生したような雰囲気、土の匂いがすると同時に、過去には全米で2番目の人口を誇りながら半世紀近く人口減少が止まらなかったボルチモアという町の(勝手に想像する)侘しさ、”乾き”のようなものを受け取らせるのが面白い(関係ないが『Life is Strange』はアメリカ映画に出てくる地方都市が好きならばプレイすることを強くお勧めする。”あの空気感”の中で広がる素晴らしい青春ミステリーだ)。しかし、Grey Dolfは一切のネット上のアカウントを今現在削除しており、その姿はYouTubeにアップロードされた動画だけになってしまった。
 さて、ロサンゼルスより彗星の如く現れたシンガー・Kleinは先述の通りにボルチモアとは全く関係ないのだがGrey Dolfに通じるものがある。まずはロンドンのJacob Samuelを迎え、Josh Homerがディレクターを務めた「Hello ft jacob samuel」のミュージック・ヴィデオから。



  Flatlinerzが女性をフロントに置き現代にモデル・チェンジをしたのならば...そんな妄想も捗る不穏な空気。いや、そもそもこれはラップではないか。古びたホラー映画のフィルムに散るプチプチとしたノイズや不協和音を上物に不釣り合いなメタリックなビートは時代の認識を狂わせてくれる。伝統的なサンプリングのチョイスながらに実にモダンだ。
 Kleinが今年の春に〈Howling Owl〉からリリースしたUSBアルバム『Only』は全体的に「Hello ft jacob samuel」のような不気味さと実験性に終始している。彼女は自身の音楽にゴスペルとポップを謳うがその実態はノイズやコラージュなど様々な形に溶解したものである。しかし、次の「Marks Of Worship」はミュージック・ヴィデオを見ての通りに実に力強いメッセージが込められたものだ。ナイジェリアをルーツに持つ彼女。人種問題で揺れ動く米国。#BlackLivesMatter。そこで撮影されし美しい人々。監督を務めるAkinola Davies JRもまた黒人である。



 Kendrick LammerのTPAB、Kanye WestのTLOPという流れは現代の黒人音楽の主流を決定付けたが、ここに来てこうして若い世代にもそれがナチュラルに受け入れられていることがわかる。先のGrey Dolfもそうだし、SCRAAATCHのMhysaもそう。ゴスペルという彼らのルーツを現代にて彼らなりに解釈している。「Arrange」は黒人音楽の全てが溶けたような何者でもない、しかし確実に”彼ら”のものである新しい音楽だ。



 類似が増えすぎて興味を失いつつある〈NON〉周辺だが、音楽性はともかくアティチュードとしてこの時代に新しい価値観をもたらしたことは誰もが認めるところ。そのポリティカルな信条は現代の人種に対する諸問題と密接にリンクし、”Xジャンル”を誰もが求めていた中で、”血とアイデンティティ”の重要性を説いている。彼女もそのようなエネルギーを発信しているのかはともかく、彼女もまた”血とアイデンティティ”の尊さを認識しながら、それを解体し新しい音楽に挑戦しようとしている。